そば茶

ウラ・アオゾラブンコがなくなって寂しいので、自分で作家たちの言動の記録をメモしていくブログ

太宰治の言う食通

 食通というのは、大食いの事をいうのだと聞いている。私は、いまはそうでも無いけれども、かつて、非常な大食いであった。その時期には、私は自分を非常な食通だとばかり思っていた。友人の檀一雄などに、食通というのは、大食いの事をいうのだと真面目な顔をして教えて、おでんや等で、豆腐、がんもどき、大根、また豆腐というような順序で際限も無く食べて見せると、檀君は眼を丸くして、君は余程の食通だねえ、と言って感服したものであった。伊馬鵜平君にも、私はその食通の定義を教えたのであるが、伊馬君は、みるみる喜色を満面に湛え、ことによると、僕も食通かも知れぬ、と言った。伊馬君とそれから五、六回、一緒に飲食したが、果して、まぎれもない大食通であった。
 安くておいしいものを、たくさん食べられたら、これに越した事はないじゃないか。当り前の話だ。すなわち食通の奥義である。
 いつか新橋のおでんやで、若い男が、海老の鬼がら焼きを、箸で器用に剥むいて、おかみに褒められ、てれるどころかいよいよ澄まして、またもや一つ、つるりとむいたが、実にみっともなかった。非常に馬鹿に見えた。手で剥いたって、いいじゃないか。ロシヤでは、ライスカレーでも、手で食べるそうだ。


太宰治『食通』

 さすが、路上で蟹をバリバリ食う太宰治らしい。
 「かつて、非常な大食いであった」のに、ヤセ型であるのは羨ましいというか、ずるいというか。

青空文庫 太宰治『食通』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1597.html

太宰治全集〈10〉 (ちくま文庫)

太宰治全集〈10〉 (ちくま文庫)