そば茶

ウラ・アオゾラブンコがなくなって寂しいので、自分で作家たちの言動の記録をメモしていくブログ

泉鏡花の潔癖性

 大体に潔癖な方ですから、生物を食べなくなってからの先生は、如何いかなる例外もなく良く煮た物しか召し上がらなかった。刺身、酢の物などは、もってのほかのことであり、お吸物の中に柚子の一端、青物の一切が落としてあっても食べられない。大根おろしなども非常にお好きなのだそうですが、生が怖くて茹でて食べるといった風であり、果物なども煮ない限りは一切口にされませんでした。
 先生の熱燗はこうした生物嫌いの結果ですが、そのお燗の熱いのなんのって、私共が手に持ってお酌が出来るような熱さでは勿論駄目で、煮たぎったようなのをチビリチビリとやられました。


小村雪岱 『泉鏡花先生のこと』より


この『泉鏡花先生のこと』は、他にも犬やエビ・タコなどの鏡花が嫌いなものについても書いてあるので、鏡花の人となりを知るには短い割にはよろしいかと。

青空文庫 小村雪岱『泉鏡花先生のこと』
http://www.aozora.gr.jp/cards/001268/card46833.html

太宰治の言う食通

 食通というのは、大食いの事をいうのだと聞いている。私は、いまはそうでも無いけれども、かつて、非常な大食いであった。その時期には、私は自分を非常な食通だとばかり思っていた。友人の檀一雄などに、食通というのは、大食いの事をいうのだと真面目な顔をして教えて、おでんや等で、豆腐、がんもどき、大根、また豆腐というような順序で際限も無く食べて見せると、檀君は眼を丸くして、君は余程の食通だねえ、と言って感服したものであった。伊馬鵜平君にも、私はその食通の定義を教えたのであるが、伊馬君は、みるみる喜色を満面に湛え、ことによると、僕も食通かも知れぬ、と言った。伊馬君とそれから五、六回、一緒に飲食したが、果して、まぎれもない大食通であった。
 安くておいしいものを、たくさん食べられたら、これに越した事はないじゃないか。当り前の話だ。すなわち食通の奥義である。
 いつか新橋のおでんやで、若い男が、海老の鬼がら焼きを、箸で器用に剥むいて、おかみに褒められ、てれるどころかいよいよ澄まして、またもや一つ、つるりとむいたが、実にみっともなかった。非常に馬鹿に見えた。手で剥いたって、いいじゃないか。ロシヤでは、ライスカレーでも、手で食べるそうだ。


太宰治『食通』

 さすが、路上で蟹をバリバリ食う太宰治らしい。
 「かつて、非常な大食いであった」のに、ヤセ型であるのは羨ましいというか、ずるいというか。

青空文庫 太宰治『食通』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1597.html

太宰治全集〈10〉 (ちくま文庫)

太宰治全集〈10〉 (ちくま文庫)

最近、このマンガ読んでます

最近、全く投稿していませんが、
鴎外やご本人ネタ満載の森茉莉『貧乏サヴァラン』を探していたのでした。
買って読んでたのは確かなのに、一体全体どこ行った?

と、散らかったお部屋で『貧乏サヴァラン』を探すだけでなく、
最近は、このマンガとかを読んでました↓

文豪ストレイドッグス 04 (角川コミックス・エース 437-4)

文豪ストレイドッグス 04 (角川コミックス・エース 437-4)

カバー裏の「青鯖」やら、太宰治の嫌いなモノとか色々効いてて、
ニヤニヤしながら読んでます。
あぁ、早く5巻が出ないかなぁ。

そうそう、森茉莉の『貧乏サヴァラン』ですが、
実家でも探したのにないとなると、引っ越しの時にでも手放したのかしら?
Kindle版も出ているようですが、再び買うとなるとやっぱりという形が良いしなぁ、とか少し悩んでます。

坂口安吾のライスカレー100人前注文事件

トッピだと思われるほど突然に睡眠薬を飲んで、たちまち凶器になり、ライスカレーを百人まえ注文にやらされたこと、などである。
 檀家の庭の芝生にアグラをかいて、坂口はまっさきに食べ始めた。私も、壇さんたちも芝生でライスカレーを食べながら、あとから、あとから運ばれて来るライスカレーが縁側にズラリと並んでゆくのを眺めていた。
 当時の石神井では、小さなおそばやさんがライスカレーをこしらえていて、私が百人まえ注文に行ったらおやじさんがビックリしていたが嬉しそうに引き受けた。としをとったおかみさんがトクレイしながあ、あとからあとから御飯を炊いて、ライスカレーをは作っては運んで来る姿が思い浮かぶようだ。それをまた、私たちはニコリともせずに一生懸命に食べた。


坂口三千代『クラクラ日記』より


人の家でこういうことをしちゃうって、面白いなぁとは思います、身内にいたら困るけれども。
しかし、一心不乱にライスカレーを食べていく光景はシュール。
ちなみに1951年の出来事で、檀一雄の娘さんである檀ふみさんが生まれる前のことだそう。

参照:坂口安吾デジタルミュージアム

クラクラ日記 (ちくま文庫)

クラクラ日記 (ちくま文庫)

蕎麦屋さんのライスカレーって言葉を聞いただけでも美味しそう。
そして、ライスカレーとカレーライスの違いとはなんなのだろう?

ネタ探しも兼ねて図書館から借りてきた「どくとるマンボウ回想記」を読んでます。
どくとるマンボウシリーズは面白いのでついつい手が伸びてしまうのですが、
北杜夫の文芸作品をちゃんと読んだことが無い事に気づいて、
これはいけないと少し反省しています。*1

ただしマンボウ昆虫記だけはダメです。
文章に書かれているだけでも、虫はダメだと思ってしまうだなんて、自分でも驚いた。

*1:王道とはいえ、航海記に手を出したのが行けなかったような気もする

自分の名前がイヤだった中也の金沢の思い出

 夕方弟と二人で近所の子供が集つて遊んでゐる寺の庭に行つた。却々みんな近づかなかつたが、そのうち一人が、「名前はなんだ」と訊いた。僕は自分の中也といふ名前がひどくいやだつたものだから、「一郎」と小さな声で躊躇の揚句答へた。それを「イチオー」と訊ねた方では聞き違へて、「イチオーだ」とみなの者に告げ知らせた。するとみんなが急に打解けて、「イチオー遊ばう」と近寄つて来るのであつた。由来金沢にゐるあひだぢう、僕の呼名は「イチオー」であつた。


中原中也『金沢の思ひ出』より


陸軍医だった父親の仕事の都合で金沢に住んでいた中也は今の金沢市寺町に住んでいた。
その頃住んでいた家の跡は緑地になり、文学碑があるのだが、上記の部分ぐらいしか書いてないので、
なぜそこに中也の文学碑があるのかわからないという不親切仕様である。


青空文庫 中原中也『金沢の思ひ出』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000026/files/50242_41475.html

安吾が見た酒癖の悪い中原中也

 中原中也はこの娘にいさゝかオボシメシを持つてゐた。そのときまで、私は中也を全然知らなかつたのだが、彼の方は娘が私に惚れたかどによつて大いに私を咒つてをり、ある日、私が友達と飲んでゐると、ヤイ、アンゴと叫んで、私にとびかゝつた。
 とびかゝつたとはいふものの、実は二三米メートル離れてをり、彼は髪ふりみだしてピストンの連続、ストレート、アッパーカット、スヰング、フック、息をきらして影に向つて乱闘してゐる。中也はたぶん本当に私と渡り合つてゐるつもりでゐたのだらう。私がゲラ/\笑ひだしたものだから、キョトンと手をたれて、不思議な目で私を見つめてゐる。こつちへ来て、一緒に飲まないか、とさそふと、キサマはエレイ奴だ、キサマはドイツのヘゲモニーだと、変なことを呟きながら割りこんできて、友達になつた。非常に親密な友達になり、最も中也と飲み歩くやうになつたが、その後中也は娘のことなど嫉く色すらも見せず、要するに彼は娘に惚れてゐたのではなく、私と友達になりたがつてゐたのであり、娘に惚れて私を憎んでゐるやうな形になりたがつてゐたゞけの話であらうと思ふ。
 オイ、お前は一週に何度女にありつくか。オレは二度しかありつけない。二日に一度はありつきたい。貧乏は切ない、と言つて中也は常に嘆いてをり、その女にありつくために、フランス語個人教授の大看板をかゝげたり、けれども弟子はたつた一人、四円だか五円だかの月謝で、月謝を貰ふと一緒に飲みに行つて足がでるので嘆いてをり、三百枚の飜訳料がたつた三十円で嘆いてをり、常に嘆いてゐた。彼は酒を飲む時は、どんなに酔つても必ず何本飲んだか覚えてをり、それはつまり、飲んだあとで遊びに行く金をチョッキリ残すためで、私が有金みんな飲んでしまふと、アンゴ、キサマは何といふムダな飲み方をするのかと言つて、怒つたり、恨んだりするのである。あげくに、お人好しの中島健蔵などへ、ヤイ金をかせ、と脅迫に行くから、健蔵は中也を見ると逃げだす始末であつた。


坂口安吾『二十七歳』より

それにしてもひどい。


青空文庫 坂口安吾『二十七歳』 http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42847_35005.html

風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (岩波文庫)

風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (岩波文庫)