そば茶

ウラ・アオゾラブンコがなくなって寂しいので、自分で作家たちの言動の記録をメモしていくブログ

阿川弘之は仮名遣いに細かい

 阿川さんは、雑誌名の「こおろ」は古事記からの引用であるから、歴史的仮名づかいの「こをろ」でなくてはならない、と極力主張したので、四号から「こをろ」と改められた。外様の阿川さんは、この他にも色々不満を言った。


松原一枝『文士の私生活 昭和文壇交友録』より

仮名遣いに細かいというよりは、歴史的仮名遣いを大切にしているのだとは思うけれども、高校生のころからそうだった模様。

文士の私生活―昭和文壇交友録 (新潮新書)

文士の私生活―昭和文壇交友録 (新潮新書)

ところで、この本が出た時点で、登場人物で生きて居られたのは筆者の松原一枝さんと阿川弘之さんぐらいだったのだけど、松原一枝さんもお亡くなりになられた今では阿川弘之さんのみではないのしら。かなりのご高齢だけれども少しでも元気であってほしい。

ハタハタを食べる太宰治

 なんのことだろう?私が当惑したところ、太宰はその怪魚を、その頃同棲していた初代さんに、七輪の金網の上で、次々と焼かせ、手掴み、片ッ端からムシャムシャとむさぼり食いながら、
「早く喰えよ。ただし疝気筋の病気には、あんまり良くないっていうけどね」

 (中略)

 つまり、私にとっては、ハタハタを手掴みにして、むさぼり喰う太宰の姿が、まるで餓鬼さながらに奇ッ怪に眺められ、そのハタハタさえ異様な悪食に思われたものだ。


檀一雄太宰治に喰わせたかった梅雨の味』より


檀一雄の文章には太宰治のガツガツと食べる様が結構あるので、そんなに記憶に残るような食べ方だったのかしら?それとも料理についてたくさん書いている檀一雄だから印象に残ってるのかしら?

わが百味真髄 (中公文庫BIBLIO)

わが百味真髄 (中公文庫BIBLIO)

百閒先生の本

今手元に有る内田百閒の本はというと、
百鬼園随筆新潮文庫
・続 百鬼園随筆新潮文庫
御馳走帖(中公文庫)
ノラや(中公文庫)
・東京日記(岩波文庫
の以上5冊。
阿房列車も買ったのだけれども、実家のどこにあるのやら、とか思いながらぱらぱらと読み直していると、中公文庫の2冊の解説を書いているのが「ヒマラヤ山系」でお馴染みの平山三郎氏ということに今更気づきました。今更ですが、随筆なんかは一度読んだ本もまた読みなおすと「ああ、この人はあの作品にも出ていた某さんだ」というのに気づけるので、そういうのも悪くはありませんね。


ノラや (中公文庫)

ノラや (中公文庫)

そういえば、二三年前に「ノラは三味線になった」という電話をした人が誰か判明しただかいうニュースありましたよね。

内田百閒と大手饅頭

 私は度度、大手饅頭の夢を見る。大概は橋本町の大手饅頭の店に這入つて、上り口に腰を掛けて饅頭を食ふ夢である。
 早くから店を仕舞ふと云ふ事を、子供の時に覚えてゐるので、夢ではいつでも、もう無くなりさうで、間に合はないから、大急ぎと云ふ、せかせかした気持ちがする。
 子供の時は、普通のが二文で、大きいのが五文で、白い皮の一銭のは、法事のお供へだと思つた。
 大きくなつてからも、県中の時も、六高の時も、大手饅頭はしよつちゆう買つて来て食つた。


内田百閒『大手饅頭』より

内田百閒の随筆によくよく出てくる大手饅頭
夢に見るまでの食べ物と聞いて、ワクワクしながら食べたら、あまりの甘さに悶絶したので、渋いお茶と一緒にちびりちびりと食べるのをおすすめしたい。

御馳走帖 (中公文庫)

御馳走帖 (中公文庫)

頭がデカい内田百閒

「やはり思うくはあいけれど、まあ貧乏話なんかは構わないとしても、僕が漱石先生のパナマ帽を貰ったと云うのは本当ですか」
「本当だろう」
「そうか知ら。しかし漱石先生の帽子が僕の頭に這入るわけがないと思うんだけれど」
「そりゃ君、洗濯屋で鉢をひろげさして被ったと、ちゃんと中央公論に書いてあるじゃないか」
「書いてあるのは、大人(あなた)が好い加減な事を書いて、それが雑誌に出たのを読んだら、今度は御自分の方でそうか知らと思っているだけですよ。洗濯屋で大きくなるものなら、昔から僕は帽子の苦労をしやしない」
「そりゃそうだ。帽子は中中、大きくならんからねえ」


内田百家『大人片付  三「続のんびりとした話」の謂れ』より

その他、頭がデカくてサイズの合う帽子がなかなか見つからないという文章がちらほら有る百閒先生。
とても親近感を覚える。

百鬼園随筆 (新潮文庫)

百鬼園随筆 (新潮文庫)

森鴎外の饅頭茶漬け

 鴎外はお葬式饅頭を白い、美しい掌で四つに割り、飯の上にのせ、いい煎茶をかけて食べた。大人は誰も美味そうだとは思わないが、私達三人の子供はよろこんで真似た。子供の口には美味しかった。


森茉莉『ドッキリチャンネル』より抜粋

鴎外の食の好みについでの文章でよく現れる饅頭茶漬けついての文章。
似たような文章に『鴎外の味覚』*1というものが有る。
コチラのほうが描写が丁寧である。

貧乏サヴァラン (ちくま文庫)

貧乏サヴァラン (ちくま文庫)

*1:「粋な味」云々と書いてあるのはコチラの方。

森茉莉の本のこと

以前、『貧乏サヴァラン』を探していると書いたのですが、未だに見つからず、代わりなのかなんなのか『マリアの気紛れ書き (ちくま文庫)』を押し入れから発掘しました。
結構前に読んだきりだったので、パラパラと見直すと、ちょくちょく鴎外のことや室生犀星三島由紀夫といった他の作家のことについて書いてあるのです。作家についてのことを抜きにしても、森茉莉のエッセイは面白い*1
そんなわけで、『マリアの気紛れ書き』を見ながら、特にタイトルなどもなかったので、雑誌連載をまとめたものだからサブタイトルがないのだろうと、何時のものかと初出を見ようと後ろからページをめくっていくと、

本書は一九九三年五月、筑摩書房から刊行された森茉莉全集五巻を底本とした。

とある他に詳しいことが何も書いてない。
となれば、森茉莉全集を見れば分かるのかと、森茉莉全集を調べてみましたら、絶版
図書館に行って借りれば良いんでしょうけど、比較的新しいものの上、娯楽性も低いので市町村立の図書館に並ぶ優先順位がかなり低そうで、近所の図書館で借りられるとは思えないので、どうしましょう。
きっと、そのうちお財布と相談して買うとは思うのですが。

それとどうでもいいのですが、サヴァランの『美味礼讃』を読んだ時に、仰々しいギリシャ神殿のような描写を見かけて、「ああ、料理マンガの意味不明な大げさな味描写とかってこういう所から系譜が始まってるのかしら?」とか思ったりしてみたり。

*1:彼女の小説の方は読んだことがないのです